二十四節気とは

二十四節気とは、1太陽年を12の節気に分け、それをまた2分割して中気を置いた合計24に、それぞれ季節にふさわしい名前を付けたものです。

雲海を朝日が照らす
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日本は、中国の暦の冬至を起点にして1年を計算する方法を取り入れていました。
天保の改暦(1842年)のさい、春分を起点にして黄経0として、太陽が15度進んだら1節気(1ヶ月)としました。

七十二候とは

暦は気候の変化を知るためのものですが、15日単位の二十四節気では、少しおおざっぱです。
そこで、15日を3つに分けた七十二候が置かれました。

しかし、古代中国の黄河文明の季節感に基づいていたり、日本にいない動物が出てきたりするので、日本人には違和感の強いものでした。

渋川春海は貞享の改暦(1684年)のさい、日本の実情にあった「本朝七十二候」を選定しました。

そこに、暦註に雑節(ざっせつ)として、八十八夜や二百十日などの日本独自のものも加えました。

明治の改暦のさいにも二十四節気と七十二候は大幅に改訂され、明治7年(1874年)の官暦に採用されて現在に至ります。

二十四節気は閏月を置く目安でもある

二十四節気では、各月の前半を正節、後半を中気と呼びます。

「旧暦とは」で閏月について触れましたが、この中気を含まない月を閏月とすることで、暦と実際の季節のずれがほぼ解消されました。

中国の暦では二十四節気を成立させてから、中気である冬至を含む月を十一月、春分を含む月を二月、夏至を含む月を五月、秋分を含む月を八月と呼ぶことにしましたが、そのうち中気のない月がでてきて、名前が付けられなくなりました。

なぜ中気のない月がでてくるかというと、太陽年で決めた中気から次の月の中気までの間の方が、月の満ち欠けの1朔望月よりも1日弱(21時間45分)長いからです。

この時間のずれが貯まってしまうと、前の中気が終わった直後に新しく1朔望月が始まり、次の中気の前にその朔望月が終わってしまう事態が起こります。

その月には名前がないので、閏月としました。

32~33ヶ月に1度、もしくは2年9ヶ月に1度の閏月を置くべきタイミングが、これで決まりました。

しかし、中気がないものを必ず閏月にしていると入れすぎになってしまうので、そこは加減するようです。