天皇誕生日の歴史

12月23日
「国民の祝日に関する法律」にて「天皇の誕生日を祝う。」と定められています。

二重橋と日の丸

明治初期から終戦直後まで、天皇誕生日は「天長節」と呼ばれる国家の祝祭日でした。
奈良時代、宝亀6年(775年)の光仁天皇の誕辰に祝宴が開かれたのが初見です。

明治元年(1868年)9月22日に第一回の天長節が行なわれ、明治6年(1873年)の改暦に伴って11月3日に移動しました。

当日、宮中三殿で天長節祭が行なわれたのち、皇族、高級官僚、各国大使公使らの拝賀を受け、祝宴が開かれました。
国民の方では、全国の小学校、各種団体などで記念行事が行なわれました。

大正天皇の天長節は8月31日でした。
しかしこの日は夏休みのため、10月31日にずらされました。

昭和天皇の天長節は4月29日でした。
戦後、昭和23年(1948年)に「国民の祝日に関する法律」の公布により天皇誕生日と改称されました。

天皇誕生日の一般参賀

天皇誕生日には、午前中、天皇陛下が皇居の長和殿ベランダにお出ましになり、参賀を受けられます。

昭和25年(1950年)の天皇誕生日に、昭和天皇と香淳皇后が揃って庁舎中央玄関上のバルコニーにお出ましになったのが始まりです。
午後は内閣総理大臣や衆・参両院の議長・副議長・議員、最高裁判所長官らを招いての宴会の儀、各国の外交使節団の長らを招いての茶会の儀などが行なわれます。