12月1日
昭和33年(1958年)、日本鉄鋼連盟が制定しました。

囲炉裏と鉄瓶
photo by 写真素材ぱくたそ

安政4年(1857年)のこの日、南部藩士の大島高任が岩手県釜石市に製鉄所を設けて、洋式の高炉に火を点けました。
これより、近代的な鉄の生産が始まったことにちなみます。

現在は「橋野鉄鉱山」として、鉄鉱石の採掘場跡、運搬路跡と高炉場跡がまとめて保存されています。

平成27年(2015年)7月、橋野鉄鉱山を含む23施設が「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の名称で、世界遺産一覧表に登録されました。

平成28年8月の台風10号により、橋野鉄鉱山につながる国道が一部通行止めになっています。
また橋野鉄鉱山も、施設の保全と見学路の修復が必要なために閉鎖されているので、見学できません。

岩手県名産の南部鉄器の発祥は2系統あり、ひとつは南部藩(現在の盛岡市)の茶の湯を好んだ藩主が17世紀頃に京都から釜師を呼び寄せ、鉄釜を作らせたことに始まります。
もうひとつは伊達藩(現在の水沢区)で、古くから奥州藤原氏や中尊寺などに鋳物を納入し、室町時代に再発展しました。

どちらの地域も原料である砂鉄や鉄鉱石、燃料になる木炭、鋳型を取るための川砂や粘土が豊かであったため、鉄器作りが盛んになりました。

戦後、アルミニウム製品におされた時期もありましたが、昨今は鉄の良さが見直されて人気が高まり、海外への輸出も増えています。
鉄瓶で沸かした湯はまろやかで、体内の鉄分の補給になるそうです。