旧暦
旧暦とは
旧暦とは太陰太陽暦のことで、明治の始めに太陽暦に変わるまで使われていました。
太陽暦は、地球が太陽の周りを一周する日数を1年としたものです。
太陰暦は、月の満ち欠けをもって約30日を1ヶ月とし、12ヶ月で1年とします。
月の運行は太陽よりも短くてわかりやすいので、人類が最初に用いた暦法は太陰暦だと考えられています。
しかし、太陰暦では1年は354日しかなく、太陽が地球をまわる1太陽年と比べて約11日短くなってしまいます。
何年もこのままでいくと、実際の季節と暦がずれてきます。
この問題を解消するため、ほぼ1ヶ月分くらい、ずれが貯まったころにおまけの月(閏月)を置いて1年を13ヶ月とすることが考えられました。
太陰太陽暦は、閏月を置く計算方法を、太陽の1年を24等分した二十四節気を導入することによって解決した暦です。
これは殷の時代の中国ですでに使われていました。
旧暦の1ヶ月
太陰太陽暦では1ヶ月の始まりの日は、太陽・月・地球が一列に並んだ「朔」を含む日とします。
古代は細い月が見えた日を、初めの日としていました。
肉眼で見える月は、三日月か、よく見えて二日月です。
その後、天文学が進歩して、太陽・月・地球が一列に並んで目に見えない月が起こった日を計算して導き出して、「朔」としました。これが月齢0の日です。
旧暦の1年
1年の始まりは、古代中国では各王朝によって変わりました。
殷王朝の前の夏王朝は寅の月、殷王朝は丑の月、次の周王朝は冬至を含んだ子の月を正月としました。
漢王朝になり、武帝が夏王朝の寅の月を正月とすることを採用しました。
寅の月には立春が含まれているため、立春正月とも呼ばれます。
この中国の暦を日本も取り入れたため、今でも立春を旧正月と呼びます。